
「はじめまして」とお辞儀した瞬間、彼女の後ろに光の粒がふわりと舞った気がした。
スラリと伸びた手足、きれいに整えられたショートボブ、くるんと笑う瞳。白い服がとてもよく似合う。まるで転校生が教室に現れたような高揚感。「あれ、私…恋に落ちた?」と戸惑うくらい、まぶしい存在だった。
彼女の名前は、五賀晶子(ごが あきこ)さん。岡山県で200年続く米農家の家に生まれ、キャビンアテンダントとして5年間、国内外の空を飛び回った。世界各地と47都道府県を巡ったのち、お父さまの病を機に岡山に帰郷(お父さまは今、とてもお元気とのこと。ホッ)。
帰郷後、自分の人生を見つめ直した晶子さんは「お米の文化を広めたい」と思い立つ。幼い頃から家族と通った蒜山の別荘を拠点に、玄米カイロやキャンドル作りを始めた。
「GREENable HIRUZEN」とのご縁が生まれたのは、玄米カイロの取り扱いが始まった2023年から。このきっかけで、晶子さんは頻繁に蒜山へ通うようになる。幼い頃に親しんだ蒜山は、大人になって再会すると、まるで別世界のように感じたという。
「なんて美しくて癒やしにあふれた場所なんだろうって感動しちゃって。スイスのご夫妻が遊びに来た時に、蒜山はスイスとそっくりなのに日本らしさもある。“ジャパニーズスイス”だねって盛り上がりました」。
世界を巡った彼女にとって、スイスを思わせる山々があるのは、北海道、熊本・阿蘇、そして蒜山高原くらいだという。熊本から取材に訪れた筆者としても、なんだか誇らしい気持ちになり、阿蘇の草原を守る人たちの顔が次々と浮かんだ。


蒜山の草原は、阿蘇よりずっとコンパクト。でも大きく違うのは、誰でも自由に草原に入れること。晶子さんは早朝の草原でヨガをしたり、天の川を見上げたり、友人とピクニックをしたり。自然の中で過ごす時間がどんどん増えていった。
「アトリエから岡山の実家に戻ると、街の音に気づくんです。蒜山は草原でも家の中でも、鳥の声や風の音、雨音くらい。そんな静かな暮らしが、今はすっかり心地よくなってしまいました」
日本人は、お米でできている!
お米の文化を蒜山から世界へ。
2024年春、本格的に蒜山へ移住した晶子さん。最近は古民家を購入し、新しい場づくりに挑戦中。変わらない文化と美しい自然が息づく蒜山で、日本の良さを世界に伝えていこうとしている。
「ちょうどさっき、“探してた五右衛門風呂、見つかったよ”って連絡が来たんです」
うれしそうに笑う晶子さんからは、わくわくが全身からあふれていた。
古民家の改修は、地元の大工さんや職人さん、地域の人たちと一緒に進めている。来夏にはお店をオープン予定だそう。
「実は私、結構段取りマンなんです。計画立てて進めようとしたら、大工さんに“君は何をそんなに急いでるの?”って真顔で言われて(笑)。そこで“私、都会のスピード感で生きてたんだな”って気づきました」
今の彼女の肩書きは「お米文化継承者」。少しクラシカルで、でも自由な響きだ。
「改めて考えると、日本人の体ってお米でできているんです。おかゆに始まり、白米や玄米、みそ・しょうゆ・酒の発酵文化もお米が原料。“ライスサイクル”って呼んでいるんですが、この日本の豊かな食文化を世界に伝えていきたいんです」
日本文化の核心にある「お米」をルーツに持ち、世界を見てきた彼女だからこそ、語れる“日本”がある。

その“日本”の象徴が、おにぎり。土鍋で炊いたごはんに、塩と海苔。特別な一枚板の海苔じゃなくても、手のひらでごはんを転がしながら優しくまとわせる。
それだけで、小さな「食のセレモニー」が生まれる。
以前、竹倉史人さんの講演で「田植えや稲刈りは神事。稲刈りは命をいただく儀式だからこそ丁寧に」と聞いたことがある。その言葉が、晶子さんがにぎるふんわりとしたおにぎりと重なった。
今年からは、大山の山並みを望む田んぼで米づくりも始めるそう。お寺の和尚さんと禅とライスサイクルを組み合わせた体験プログラムも構想中だという。
「蒜山は小さい町だけど、世界中や全国から友達が来てくれます。ここで“日本の豊かさ”を体験してもらえたら嬉しいです」
蒜山の風のように、陽だまりのように、キラキラと笑う晶子さん。厳しい冬もある蒜山だけど、目の前にはこんなに前向きに生きる人がいる。
この土地の底力を、改めて思い知らされる時間だった。
五賀晶子(ごかあきこ)
【PROFILE】
合同会社五雅プランニング代表。岡山県で200年以上続く米農家に生まれる。キャビンアテンダントとして47都道府県のみならず世界各地の空を巡る。帰郷後は蒜山高原のアトリエに拠点を構え、玄米カイロやキャンドルなどの制作活動を開始。現在は、お米文化継承者としてワークショップや商品開発など多岐にわたる活動を展開。今年からは、蒜山でお米作りも開始予定。
[Interview]
草原ライター
中城 明日香 (なかじょうあすか)
島と草原の文化をこよなく愛する編集者・ライター。都市と田舎のどちらにも心を動かし、五感で感じたことを言葉にする。だいたいゴキゲン、好奇心だけはいつも旺盛